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21世紀日記
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7/15〜12/31
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 2007年 2月1日 (木) 晴れ
  朝、6 時に起床して、8:15分の東北新幹線に乗車する。ここから岩手県の一ノ関まで出掛ける。雪の大地の撮影の為である。助手の中津原は、昨日車で出て駅で待っている筈だ。 途中の田園風景は暖冬のために、雪がなく茶色の風景が続く。仙台を過ぎても雪が全く見 当たらないのである。
  そういえば、一月中旬に福島県へ行ったが、雪がだらし無く地表にあるだけ。猪苗代湖 湖畔で、強風下の波によって生まれた氷柱の撮影をした。それから新潟に行ったが雪は全く無い。二三日して、再び「にほんかい写真学校」の開校で、再び新潟に行ったが雪は降っておらず、冬の味わいが全く感じられなかった。
 この、新潟行きで思い出した。新潟に3泊したが、いずれの日も、まったく眠れなかった。眠いのに何故か、眠れず、目が冴えて仕舞うのであった。宿や寝具が悪いわけでは全 く無い。いつも泊まって、グッスリと眠れる所であるのに……。
  そして本日(2日)は、県境付近で少ない雪の撮影をして、秋田県の本庄市のステーシ ョンホテルで泊まった。この日も眠りにくい。ホテルが悪く、変な水の音が耐えない事もあったが、何故か眠れない。仕方なく、窓の外を見れば雨が降っているのではないか。冬 の2月の酷寒の時期に雨が降るとは……。それで、思い余って、日記を書きはじめた。
  日記の概要は以下の通り。
   深夜、2時30分。窓の外は雨。3時30分頃から、雨が雪に変わった。そして少しずつ積もりはじめている。厳冬の2月に、雨を降らせるとは、人間が侵した罪は大きい。 これから次第に温かくなっていくのであろうが、日本海沿岸に降り積もる大雪によって、山野は潤い、豊かな米が生まれ、美味しい酒が出来上がる。このまま温暖化が進行すれば 日本列島は亜寒帯から亜熱帯に移行してしまうで在ろう。そうしたら、やがてやって来る花の時期にも、桜すらも見えなくなってしまいそう。亜熱帯に移行していくことは、地球の上で生命体が生き長らえなくなっていく。原因は、大気汚染によるところが大きい。
  排ガス規制法案に反対してきた中国や米国の罪はとても大きい。自国の産業の育成など という次元の問題ではなく、地球の存亡ともいえる事態であるから。
  その日(4日)北上にも美しい降雪があった。だが、湿度が高くボッテリとしたゆきで あった。午前中、この雪を堪能して数本撮った。だが、場所を移動して、宮城県までくると雪が全く無い。
  撮影をあきらめ早めに東京に帰ろうと思って、一ノ関から新幹線に乗ろうと思い、駅まで送ってもらい列車に乗り込んだ。だが……列車は何時になっても出ない。構内で停止したまま。放送によると途中で強風が吹き荒れ、運行を停止しているとのこと。車内で4時間も待たされて、東京駅に付いたのは10時30分を過ぎていた。
  地球環境の変化を嫌というほど思い知らされたのが、今年の冬の取材行であった。皆さ ん、地球環境の変化に敏感になりましょう。
1975日 12月31日 (土) 晴れ
  昨日から、山中湖が見下ろせるホテルマウント富士に来ている。昨日はホテルで静養。
今年一年、馬車馬のように働かされてきたので、とりあえず休養ということで、家族で来た。今日は、のんびりと大晦日を迎えようという気分。暮れに、仕事を詰めすぎて無理をしていたために体調が思わしくなく、只今酒類はセーブしていて飲まず。朝食を食べてからゆっくりと自宅に戻った。夕方、行きつけのそば屋で年越し蕎麦をいただいて、夜はテレビで本年は終わり。
1954〜1956日 12月10日 (土) 〜12日 金沢 曇り時々晴れ
  羽田発 8:45 の全日空で金沢へ。本日は私が塾長をしている通信講座「風景写真塾」の能登半島の撮影実習。小松空港、JR金沢駅にて参加者と合流。バス一台と東京から走ってきた、私の事務所のVolvo(アシスタント種清) と合流して、いざ能登半島へ。
 まず、能登金剛付近の砂浜と、岩場の岩礁地帯で打ち寄せる波の風景を撮る。本日は風が強く、海の水が大きく逆巻いていて、ドラマチックな風景。波の花も大きく、多く、天空高くに舞い上がってくれて、参加者一同大喜び。その夜は、輪島市内の旅館で一泊。
翌日は日本海に面した北側の地域を巡った。能登の有名な棚田風景も、本日の撮影ポイント。残念ながら、雪がなかったが冬の日本海の、ドラマチックな風景を撮ることができた。今回の講師には、名古屋の写真家山口君が参加してくれた。彼は、とても親切で参加者の人気がある中央工学校風景写真塾の講師
本格的な風景写真の通信教育「風景写真塾」が開かれています。開設されて10年です。プロ写真家の一流講師陣、充実したカリキュラムが自慢です。各地で撮影実習が開かれています。塾生の展示会は、今年の 3月9 〜14日まで、東京銀座のコンタックスサロンで開かれます。
お問い合わせは(財)中央工学校生涯学習センター03(5814)1221まで。
1947日目 12月 3日 (土) 東京晴れ、富山みぞれ
  早朝に東京を出た。関越、長野道、北陸道を経て、富山の五箇山まで行く。富山は、すっかり雪景色。本日は、五箇山写真コンテストの表彰式、そして写真教室が開かれ、参加者の作品を講評した。そのあと、私の講演会「美しき日本の風景」が行われた。終了後、参加者との懇談会。参加の皆さんは、クルマで来ているために、本日酒は無し。それでも楽しく語り合って、無事終了する。
その後、関係者との宴会が開かれた。富山の写真家、安念女史も参加して、濁り酒やイワナのこつ酒に舌鼓を打った。
1940〜41日目 11月26日 (土) 〜27日 (日) 晴れ
  東京を早めに出て、愛知県の額田町に行く。額田町が岡崎市に合併することになったので、閉町式が明日開かれる。閉町記念として、私の写真展「天地」を開いてくださることになった為、本日は写真展の飾りつけである。写真展は、額田会館と総合体育館の2つの会場で開かれる。現地では、額田町の写真クラブ「額田シャッタークラブ」の人達が手伝ってくれる。会長の鈴木さんをはじめ、中学の同級生まで駆けつけてくれた。夜、岡崎市で中学時代の同級生が集まって、夜中まで宴会を開いてくれた。同級生のみんな、ありがとう。
翌日、閉町式の行われる中学校の体育館まで行く。功労者の表彰のあと、私にも感謝状が戴けた。町に桜をと、わずかではあるが桜基金を兄弟姉妹全体で贈ったから。本日は、東京から、現代写真研究所の私のゼミ生も参加している。終了後、額田シャッタークラブ、岡崎の写真クラブの人達は交流会。東京、額田、岡崎のアマチュア写真家が楽しく語り合った。
 

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